ある夏の1日 Jerry's Birthday
獏原人村・満月祭に寄せて その1 Flash Back
音楽を聞いていると、突然、過ぎ去った遠い昔の記憶が目の前に蘇る事がありませんか? 殆ど、フラッシュ・バックとも言えるような状態で、、その日の匂い、音、風の感じや体感温度までが蘇ってくる事が、、、。
インターネットを通じて知り合った多くのデッド好きの友人達から貴重な音源が送られてくる事が、ままあります。 できるだけ良い状態で聞いて、その感想なりを直接メールで、あるいは掲示板などを通して、送ってくれた人やまだ聞いていない人への紹介を兼ねて書いています。
そんなCDたちの中に、
【Jerry Garcia Band】1993年11月18日がありました。 きちんと印刷されたセットリストをなにげなしに見ていると、2枚目の4曲に
Wonderful Worldのタイトルを発見。 おお、Jerryがサッチモをどんな風に料理しているのかな?と掟やぶりだけど(笑)、この曲から聞いて見ることにしました。
流れて来たのは、案に相違して同じタイトルだけど
Sam CookeのWonderful Worldでした。
とたんに、最初にお話したフラッシュバックに襲われたのです。
60年代の初め、まだビートルズもヴェンチャーズも登場する以前の話し。 たしか中学校の3年生のころだったと思う。 場所は、ブラスバンドの練習室。 子供のころから、アメリカ音楽が好きで、古くは進駐軍放送で訳の分からないまま、軽快なアメリカン・ポップスを聞いていました。
そんな経緯があって、音楽のある風景は僕には憧れの場所で、音楽室などは夢のような空間だったのです。 野球部の夏の大会を控えていた練習の終了後、なにげなしに音楽室の前を通ると、あまりうまくはないけど、
Ricky Nelsonの【Young World】引いているピアノの音が聞こえてきました。 ガラス戸を開けた入ってみると、2クラス隣の女子生徒がピアノに向かっていました。 その曲好きなんだ。リッキー・ネルソンの曲でしょう? 突然の闖入者に驚いてか、ピアノを弾く手が止りました。 驚いた様子で、はにかみながら、ええ、そうよ、私も好きなの。 ショート・カット(当時は、サブリナ・カットと言ってたかも知れないけれど)で、両方のほほにエクボのできる笑顔の子でした。
その子は、僕の親父が勤めていた炭坑とは違う会社の職員の娘さんで、後に分かった事ですが、3歳年上のお姉さんがいて、そのお姉さんの影響で、リッキー・ネルソンが好きだったようです。
しばらく、リッキー・ネルソンなどの話しをしていました。 当時の青少年は、僕も含めて異性間で親しく話しをする事はあんまり無かったので、胸はキュンキュンしていました(笑)。 そして、彼女が鞄から取り出したのが、雑誌から切り抜いたSam Cookeの写真でした。
爆発的な人気はなかったけれど、You Send Me やTwist In The Night Away、Bring It On Home To Meなどで馴染みのある歌手でしたが、まさか、黒人の歌手だとは思いもしていませんでした。 私のこの人が好きなのよ、この人のワンダフル・ワールドって曲が好きなの。
不覚にも、その時、僕はその曲は聞いた事がありませんでした。 転校したその中学校で最初に友だちになった悪友のお兄さんが、炭坑の文化部のギター弾きで、たくさんのSP(78回転のレコード)レコードをもっていましたが、サム・クックのレコードがシングルだったのか、LPだったのかは定かではありませんが、後日、聞かせてもらったものです。
彼女、どう言う訳かその歌の詩をノートに書き写していて、自分で訳していました。 この歌は、アメリカの高校生の初恋の歌なのよ。 成績が悪くて少し不良っぽい男の子が恋をして、その子が女友達(昔は恋人のことを、こんな風に言っていました)になってくれたらなあって思っている歌なのよ。
なんとまあ、音楽を聞いて、単に好きでリズムをとっていた僕には晴天の霹靂のような彼女の言葉でした。 中学校三年生の女の子から初恋だの、女友達、などと言う言葉がでて来て、英語の歌詞を自分で訳している、いまから思うとなんだそんな事を、と思われるかも知れませんが、当時の僕には衝撃とも言える出来事だったのです。
それから二人は恋に落ちて!と思うのは考え過ぎ(笑)。 僕の初恋は彼女の友だちだった人でした。 くだんの彼女は、今では二人のお孫さんが出来ていて、幸せに暮らしていると、同窓会の時に話しておりました。
Jerryの演奏を聞いて、この出来事が突然思いだされて、不思議な感覚をもってこのCDを愛聴しています。 そしてそんな事を思いださせてくれたこのCDを送ってくれた友人に大感謝しております。
折しも、夏真っ盛り! 8月1日は、Jerry's Birthday。あちらこちらで楽しそうなイベントが開催されていますが、僕の周りでは獏原人村・満月祭が話題の中心でした。 仕事の関係で参加できるかどうか分からなかった僕の背中を押してくれた力の一つが、このJGBのCDだった事は、はっきり言えると思います。
満月祭への長いドライブのあいだ、このJerryの歌うWonderful Worldを聞きながら、一緒に歌っていました。
【Wonderful World】
Don't know much about history
Don't know much biology
Don't know much about a science book
Don't know much about the French I took
But I do know that I love you
And I know that if you love me too
What a wonderful world this would be
Don't know much about geography
Don't know much trigonomitry
Don't know much about algebra
Don't know what a slide rule is for
But I do know one and one is two
And if this one could be with you
What a wonderful world this would be
Now I don't claim, to be an A-student
But I'm trying to be
For maybe by being an A-student, baby
I could win your love for me
Written by: Sam Cooke, Lou Adler, Herb Alpert
富士見村から赤城山南麓の道を栃木県日光へ抜け、更に東北自動車道の宇都宮ICまでの道は、夏休みシーズンの混雑を予想していましたが、意外にもスイスイ。 1時間50分ほどで東北道に入る事が出来ました。 北へ向かう東北道は車も少ないのですが、東京方面の車線は、那須野高原辺りまで大渋滞が続いています。
5時少し過ぎ、郡山ジャンクションを通過。 新潟といわき市を結ぶ磐越道へ。 さらに、小野ICには、5時20分に到着。 ここまではほぼ計算通りの時間でした。 これから先の一般道については全く情報が分からず、どのくらい時間がかかるか分からない状態です。 JGBのCDも2回転目。 ただただ頭の中はJerryのことを考え続けていました。
小野から川内村までの道は時には、すれ違うのも困難な1車線の県道。 5月、忍野DEADに出かけた時に走った道を思いだします。 曲がりくねった道を60キロほどでスッ飛ばす僕達。 後ろから必死についてくるemmaちゃんとSATANの同乗したワゴン車。 そんな事を思いだしながら車を走らせていました。
やがて、川内村を南北に縦断する399号線にでました。 すぐに、SATANとemmaちゃんが待ち合わせをしたと言う、温泉前を通過。 ここから更に15分くらい走ると、獏原人村へ通じる山道の入り口に到着。 危うく、見逃すところで、100mほど走って後戻り。 この時点で、自宅を出発してから丁度4時間! 人呼んで【歩くナビゲーション・システム】(笑)の僕としては、ここでニンマリ笑ってしまった。
さんざん聞かされていた獏原人村への道。 これは、まさに噂の通り、車が通れるんだろうか?と思うようなワイルド・ロードでした。 5〜6分ほど走ると、道路は荒れてきました。 深いわだちと雨水の侵食に寄る深い溝。 だんだんと不安になってくる頃、向うから対向車が、、、。一見してそれ風のお姉さんが乗っていたので一安心(笑)。 つごう3台の車とすれ違いましたが、どれもニコニコ笑いながらのすれ違いでした。 一雨降れば、車は登れないだろうなあ、と思える急な坂をおりると、突然、視界が開けてそこに、沢山の車が駐車していて原人村に到着したのです。

見渡す限りテントと車の数々。 テント・サイトからは笑い声やギターの音などが聞こえて来ます。 ところどころに点された裸電燈がボンヤリと辺りの雰囲気を照らし出しています。
ヒャア〜!こりゃア、70年代のどこかのお祭りそのままじゃないですかア! それが、獏原人到着の第一印象でした。
案内にしたがって薄暗くなりかけた細い道を音のする方へ上がって行くと、右側に受け付け。 2000円の入場料を払い、受付をすますと、すぐに昨年苗場へ出かける途中で我が家へよってくれたシマちゃんと遭遇。 SATANたちのキャンプしているところを聞いてすぐに行ってみた。
いたいた、お馴染みの顏たちが。

SATANを中心にしたテント・サイトには、お馴染みの人たちが。 早速ビールを出してもらいみんなとハグ。 チナのドラマーまさやんが豚汁を食べていました。 僕には、おでんのようなもの(笑)を出してくれたのですが、ダイコンが沢山入っていたので、丁重に辞退(笑)。 妖精チャンとkeiちゃんがいそいそと動いてくれていました。

ひとしきり話し混んだあと、ふと後ろを見ると、マダムが美味しそうに何やら食べていました。 隣は東北から参加のkeikoさん。

挨拶がすんだあと、どこかへ消えていたSATANが現われて、イワナを焼いてくれる。 イワナを串にさす手際の良さ。 そして、金網をうまく利用して炭火から離してイワナを焼いている様子には、永年のキャンピング・パーティ参加の実績がうかがわれました。
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イワナが焼けるまでのあいだ、、ブラっとコンサート会場へ出かけてみることにした。 PAブースをのぞいてみると、お馴染みの顔、オスカー・プロダクションの
新ケ江さんがミキサーをいじっていた。 彼は、前橋のライブ・ハウス【ガルシア】の2階に住んでいる。 僕が、常連のお客さん達と倉庫を改造してライブハウスとしたもので、僕達一家もしばらく2階に暮らしていました。 本職は、電気工事で、僕の親方筋の棟梁の仕事を主に引き受けているようです。
僕が赤城山に自宅を建築する時、最初に草刈りを手伝ってくれたのが新ケ江さんで、その時、こき使われたからか、その後、あんまり我が家へは寄り付かなくなりました(笑)。 彼の先輩が作ったスピーカー・システムと12CHのミキサーからはじまったオスカー・プロのPAサーヴィスは、今ではヒッピー系お祭りやイベントのPAとして、欠かせない存在となっているようです。 主なところでは、
【はらっぱ祭り】満月祭など、ほぼレギュラー状態でPAを担当しています。
もし、どこかでイベントを企画するようでしたら、彼に相談してみるのも一つの選択肢として考えてみて下さい。

コンサート広場では大勢の若者達が集まって、シャンベやドラムを叩きながら踊っていました。 周りのベンダー・テントを少し覗いて、再び、たまり場に戻りました。

テントサイトに戻ってマッタリとしていると、妖精チャンとルリッペも戻って来た。 ねえねえ、妖精チャンの頭、私が剃ったのよ!とルリッペが言う。妖精チャンがかぶっていた帽子をとり頭を下げると、、、、ゲ、ゲゲ、、、。 ちょっと分かり辛いけど、光る頭の真ん中に、イナズマが!

で、前からだと髪の毛がうすくなりつつあるせいでフラッシュが乱反射(笑)。 後ろなら分かりやすいかも?と言う事で、こちらです、はい!

そんなこんなで、とうとう焼き上がりましたイワナ。 名付けてSATAN Special ! SATANが釣り上げた天然ものは、先週末の星祭りで平らげたそうで、今回のものは、毎年サタちゃんがお手伝いをしている岩魚養殖場のものだと言います。 本当は、天然ものと養殖ものを食べくらべられると良いのにね、などと贅沢を言いながら、さあかぶりつこう、と思ったら写真を撮っておこうよ。ウーン、どこから行くかな?

エ〜〜〜イ、ガブリ!!!

とっても美味しかったですよ。 殆ど焦げる事なく、見事に焼き上がりました。 当初、限定20匹、と言う事で僕が行く頃にはもうないだろうなあ、と食いしん坊は考えていたのですが、優しいサタンちゃん、僕が行く事を見抜いていたように、残しておいてくれました。 これを食べるために獏へ行った(笑)、と言っても過言ではありません。